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レポート

研修レポートを追加しました。

2026年度からの研修開始に先立って行われた事前視察参加レポートが追加されました。


参加者

濱口 重人 大阪健康安全基盤研究所
掛屋 弘 大阪公立大学医学系研究科 臨床感染制御学
忽那 賢志 大阪大学大学院医学系研究科 感染制御学
岡田 恵代 大阪公立大学医学部附属病院
太田 悦子 大阪大学医学部附属病院
坂本 麗花 大阪鉄道病院

事前視察参加レポート:大阪大学医学部附属病院感染制御部 太田 悦子

この度は、企画者としてご招聘下さりありがとうございました。日本で従事しているだけでは得られなかった経験や考えを持つことができ大変感謝しております。以下にこの度の研修企画のご報告をさせていただきます。

期間:2026年1月11日(日)-15日(木)
研修場所:マヒドン大学ラマチボディ病院、バムラスナラドゥラ感染症研究所(ノンタブリー県)

1.はじめに(研修の目的と背景)

2026年度より開始予定の「大阪府下ICNのためのタイ感染対策研修」の企画に先立ち、2026年1月11日(日)から15日(木)にかけて、マヒドン大学ラマチボディ病院およびバムラスナラドゥラ感染症研究所を訪問した。
本報告書では、研修企画者の視点から得られた学びを整理するとともに、次年度以降の研修企画の目的および今後期待される効果について報告する。

2.タイの感染対策から得た学び

2-1.ラマチボディ病院の体制と現状

ラマチボディ病院では、約1,300床の病床に対し、9名の感染管理認定看護師(ICN)が専従で配置されていた。病院は慢性的に病床稼働率が高く、救命センターに搬送された患者が入院に至るまでに3~7日程度を要する状況とのことであった。また、MDRAやCPEといった薬剤耐性菌を有する患者がどの病棟においても分散して入院しており、感染対策は非常に煩雑な状況であることがうかがえた。専従ICNは病棟ごとに担当を分ける形で配置され、各病棟に密着した感染管理を行っていた。

2-2.サーベイランスの運用と現場の関与

デバイス関連感染サーベイランス(CLABSI、CA-UTI、VAP)は、すべて紙媒体で病棟看護師がデータを収集し、ICNが集約・解析を行っていた。
VAPの発生率は当院と比較して約5倍程度と高値であり、対策として頭部挙上や口腔ケアの実践について重点的な説明がなされた。一方、手指衛生遵守率については、ナショナルサーベイランス専用アプリを用いて直接入力が行われており、アナログな方法とITを活用した方法が混在している点が印象的であった。しかし、アナログなサーベイランスであっても、病棟看護師自身がデータ収集を担っているため、各病棟に発生率が掲示されるなど、デバイス感染に対する現場看護師の意識の高さが強く感じられた。

2-3.看護師の主体性とICNの専門性

リンクナース制度については、特別なインセンティブは設けられていないものの、立候補制で選出されているとのことであった。感染管理に対するジェネラルナースの関心や主体性は、日本と比較して高い印象を受けた。また、専従ICNはエビデンスに基づいた感染防止技術の教育を担うだけでなく、自ら国際誌の筆頭著者として論文発表を行っている例も認められた。日本のICNは、国内外への発信が必ずしも多いとは言えない現状があり、研究成果や実践を積極的に発信する姿勢は大いに参考になると感じた。さらに、語学力の面では、ICN全員が英語でプレゼンテーションを行っており、国際的な場での発信力に差を感じた。今後は、まず対等に議論ができる語学力の習得が必要であると強く認識した。

3.本研修の目的と今後への期待

タイの感染対策は、手指衛生やデバイス関連感染サーベイランス、感染防止技術といった分野において、比較的コストをかけずに実践されている点が特徴的であった。サーベイランスのデータ収集が病棟看護師の業務として定着しており、教育が現場の裾野まで浸透していることは、日本における「モノ」や「システム」に依存した感染対策を見直す契機になると考えられる。また、国や文化が異なっていても、ICN同士が感染対策という共通言語で語り合えることで、一体感を得られたことは大きな成果であった。本研修を契機として、大阪府下のICN同士の自律的なつながりが生まれ、有事の際に機能するネットワーク構築の礎となることを期待している。さらに、大阪府とタイのICNがオンライン等を活用して継続的に交流することで、相互に学び合い、将来的な感染対策レベルの向上につながる可能性があると考えられた。

4.おわりに

本研修は、自施設の感染対策を見直すだけでなく、地域や社会全体を守るための専門的かつ組織的な取り組みとして再認識する機会となった。今後は、本研修で得られた知見を施設内および地域に共有するとともに、構築したICNネットワークを活用し、継続的な情報交換と相互学習を通じて、新興感染症を含む感染症危機に備えた体制整備に取り組んでいく必要がある。


事前視察参加レポート:大阪鉄道病院 坂本 麗花

1.研修内容および得られた知見

(1)タイにおける新興感染症対策の現状

バムラスナラドゥラ感染症研究所では、外来受付段階から感染症トリアージが実施されており、MERSやデング熱など、日本の一般病院では遭遇頻度の低い感染症が疑われる患者が日常的に受診していた。日本における新興感染症への対応手順と大きな差異はないものの、タイでは“疑い患者が日常的に発生する環境”が確立しており、その中で蓄積されるスタッフの経験値には大きな違いが認められた。 新興感染症への備えについては、COVID-19を経験したことで平時から意識していたものの、今回、現場を直接目にしたことで、適切に対応を指示できるのか、当院の備えは十分であるのかという不安を率直に感じた。また、日本ではほとんど見られない感染症が、近隣諸国では身近な疾患として扱われている現実を前に、グローバル化やインバウンド増加を踏まえると、日本においても新興感染症がより身近な脅威となる可能性を強く実感した。 これらの経験を通じ、当院における新興・稀少感染症対応の実効性を改めて点検し、現場スタッフが混乱なく対応できるよう、継続的な訓練と事前準備が不可欠であることを再認識した。

(2)地域中核病院ICNとして得られた示唆:タイの感染対策体制

マヒドン大学ラマチボディ病院(約1,300床)では病床稼働率が非常に高く、救急外来では入院までに最低でも3日程度待機する状況が常態化していた。 同院における高度耐性菌(MDRA、VRE等)対応は、日本のように特定病棟や個室管理を中心とした体制ではなく、総室でも対応せざるを得ない状況であった。耐性菌の種類こそ異なるものの、「個室不足による感染対策上の制約」は日本の地域病院とも共通しており、議論の中で日本にも応用可能な教育方法や現場運用の工夫について多くの示唆が得られた。 また、院内伝播防止体制として、9名の専従ICNが病棟担当制を敷き、手指衛生やデバイス関連感染サーベイランスを主導していた一方、ICNがすべてを担うのではなく、病棟リンクナースが主体的に役割を果たす構造が確立されていた。 特筆すべきは、以下の点である。

① リンクナースが希望制であること
日本では上司指名による任命や任期制が一般的であるが、タイでは自発性に基づく選出であり、活動の主体性や継続性の向上につながっていた。

② 院内文化として感染対策が明確に可視化されていること
病院幹部が感染対策を強く推奨する姿勢が院内のポスターや壁紙として多数掲示されており、患者・家族に対しても感染対策の重要性が浸透する環境が整えられていた。 感染対策担当者への敬意が文化として根付いている印象を受け、日本の地域病院における組織文化醸成の重要性を改めて実感した。

(3)日本国内ICNとの交流による学び(個人的所感)

本研修ではタイ現地の視察に加え、日本の大学病院ICNと直接交流し、大学病院における感染対策の体制やデータ活用の実際を学ぶことができた。
ラマチボディ病院では、ICNがデータ収集・分析・改善・評価を体系的に実施し、PDCAサイクルが明確に機能していた。データ収集にはマンパワーとデジタルツールが併用され、多面的なサーベイランスが行われていた。
日本の大学病院でも高度なデータ活用が行われており、自身も今後、外部発表や詳細なデータ分析に積極的に取り組む必要性を強く感じた。
また、感染症専門医が常勤しない施設が多い中で、大学病院における医師とICNの役割分担を知ることができ、多職種連携の在り方を地域中核病院の立場から再検討する必要性を認識した。
さらに、研修期間を通じて国内ICN同士の相互理解が深まり、組織に依存しない“個”としての連携が強化されたことは、平時から相談しやすい関係構築に寄与する大きな成果であった。

2.まとめ

タイの医療機関における感染対策の実態を直接見学し、日本国内とは異なる環境や文化的背景に基づく対策の特徴を理解することができた。
また、国内外のICNとの交流を通じ、今後の実践や広域連携の推進に資する多くの学びが得られた。
本研修で得られた知見を活かし、当院のみならず地域全体の感染対策向上に寄与したい。

謝辞

本研修の実施にあたり、多大なるご支援・ご協力を賜りました大阪府、大阪健康安全基盤研究所の関係各位、ならびにマヒドン大学ラマチボディ病院およびバムラスナラドゥラ感染症研究所の皆様に深く感謝申し上げます。


事前視察参加レポート:大阪公立大学医学部附属病院 感染制御部 岡田 恵代

1.研修の概要

本研修は、大阪府における感染管理認定看護師(ICN)等の国際的視野の拡大と、今後の新興・再興感染症への対応力強化、ならびにICNネットワークの強化を目的として実施された。主な研修先は、タイ・マヒドン大学附属ラマチボディ病院であり、最終日の午前にはバムラスナラドゥラ感染症研究所を訪問した。
ラマチボディ病院は、タイ有数の大学病院として高度医療と教育・研究を担う中核施設であり、感染対策においても組織的かつ体系的な取り組みが行われている。また、バムラスナラドゥラ感染症研究所は、タイ保健省疾病管理局の下に位置する国立の感染症専門機関であり、臨床・検査・教育・研究・政策対応を一体的に担う施設である。
本研修では、両施設での講義、施設見学、意見交換を通じて、感染対策システムの構築と運用、医療関連感染(HAI)サーベイランス、手術部位感染(SSI)や中心静脈カテーテル関連血流感染(CLABSI)等を対象とした重点サーベイランス、感染予防バンドルの運用、薬剤耐性菌(AMR)対策、手指衛生推進の取り組み、ならびにCOVID-19パンデミック時の対応事例やAIIR(陰圧隔離室)の運用などについて、実践的な知見を得た。

2.主な研修内容と学びの要点

1)感染対策体制とサーベイランス

タイの医療機関では、限られた人的資源を前提としつつも、高リスク領域に焦点を当てたターゲットベース・サーベイランスが実践されていた。ICUを中心に、CLABSI、CAUTI、VAP、SSIなどの主要な医療関連感染が重点的に監視され、データは現場改善に直結する形で活用されている。
特にSSIサーベイランスにおいては、電子データを活用した解析や可視化が進められており、単なる集計にとどまらず、診療科へのフィードバックや再発防止策の検討に結び付けられていた点が印象的であった。感染対策が「評価のための業務」ではなく、「改善のための業務」として位置付けられている点は、日本にとっても重要な示唆である。

2)感染予防バンドルの標準化と実装

CLABSI、UTI、SSI等に対するガイドラインで推奨されている感染予防バンドルは、タイでは標準的対策として現場に定着していた。抗菌薬予防投与のタイミングや投与期間の管理、マキシマルバリアプリコーションの徹底、適切な消毒薬の使用、カテーテル管理手順の標準化などが、組織として一貫した方針の下で運用されていた。
一方、日本では、これらのバンドルが必ずしも十分に実装・定着しているとは言い難い現状がある。その背景には、サーベイランス体制の整備が十分でなく、自施設の感染率が高いのかどうかという基本的な状況把握すら困難な施設も存在することが挙げられる。その結果、推奨されている対策であっても、費用や労力を要するものについては導入の優先順位が下がり、実装が進みにくいという構造的課題が生じていると考えられる。

3)手指衛生の推進と行動変容へのアプローチ

研修を通じて特に印象的であったのは、手指衛生の推進が組織文化として徹底されていた点である。院内の至る所に啓発ポスターが掲示され、アプリや動画教材なども活用されるなど、組織全体で継続的な働きかけが行われていた。
講義の中では、「手指衛生は本能的な行動ではなく、学習によって身につく行動であり、学習をやめれば忘れられるものである」という行動科学的な視点が示され印象的であった。したがって、継続的な教育とフィードバックが不可欠であり、個人の意識や努力に委ねるのではなく、組織として支え続ける仕組みが重要であるという考え方が共有されていた。このようなアプローチは、日本における手指衛生推進策を再考する上でも大きな示唆を与えるものである。

4)ICNとICWNの役割分担

ICNとICWN(病棟の感染対策担当看護師)の機能的な連携も、日本との大きな相違点であった。日本ではICNが多くの業務を抱え込みがちであるのに対し、タイでは現場のICWNが中心となって日常的な感染対策の実践と管理を担い、ICNはそれを支援・統括する役割を果たしていた。このような役割分担は、感染対策を特定の専門職の業務にとどめず、現場の日常業務として定着させる上で極めて重要であると考えられる。

3.研修目的の達成度と今後の課題

本研修の目的は、新興感染症への対応力の向上、国際的視点の獲得、ならびにICNネットワークの強化にあった。これらの点について、本研修は一定の成果を挙げたと評価できる。
まず、新興感染症への対応力という観点では、COVID-19パンデミック時の対応事例やAIIRの運用、組織的なサーベイランス体制の構築と運用について具体的に学ぶことができ、平時からの備えの重要性を再確認する機会となった。感染対策を個人の努力に依存させず、システムとして機能させるという考え方は、将来の新興感染症発生時にも応用可能な視点である。
次に、国際的視点の獲得については、タイの医療機関における感染対策の実際を、医療政策、感染対策システム、社会インフラ整備、医療へのアクセス、気候といった多様な背景の違いを踏まえて比較することにより、日本の現状を相対的に捉える機会となった。単なる優劣の比較ではなく、それぞれの国の条件や制約の中でどのような仕組みが構築され、運用されているのかを理解することは、今後の日本の感染対策を検討する上で重要な視点である。
さらに、現地のICNとの意見交換を通じて、今後も情報共有や意見交換を行える人的ネットワークの基盤を構築できた点は、本研修の大きな成果の一つである。
一方で、課題も明らかとなった。研修で得られた知見を、日本の医療現場にどのように実装していくかという点は、今後の大きな課題である。特に、サーベイランス体制の整備、感染予防バンドルの標準実装、ICNと現場スタッフとの役割分担の再構築といった構造的課題については、個々の施設努力だけでなく、制度的な後押しも含めた検討が必要である。

4.おわりに

本研修は、自施設の感染対策を見直すだけでなく、地域や社会全体を守るための専門的かつ組織的な取り組みとして再認識する機会となった。今後は、本研修で得られた知見を施設内および地域に共有するとともに、構築したICNネットワークを活用し、継続的な情報交換と相互学習を通じて、新興感染症を含む感染症危機に備えた体制整備に取り組んでいく必要がある。

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